わたしとインターネット
はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」
はてな20周年ということでお題スロットがなんかちょっといつもと違う感じになっている(上記の一文は自動挿入されている)
わたしとインターネットの出会いは20年ほど前で中1の頃。 父親がこれからはパソコン使えないとダメな時代が来るいうことで買い与えてくれた。
当時はパワーポイントのアニメーションだけで毎日楽しかった
そんな中学生のある日、オンラインゲームなるものをやろうとネットを彷徨っていたらボンバーマンオンラインというゲームが目に留まり、そそくさと始めることにした
そこから私とボンバーマンの歴史は長く、今もなんだかんだそこで知り合った人たちとは連絡を取り合っていたりする
ボンバーマンオンラインにはギルドという、いわゆるチームを作る概念があった
私はそこで、志向さんという某パーツ会社由来の名前のプレイヤーが作ったギルドに入った
彼は当時はまだ珍しかったウェブ屋の兄さんで、ギルドに所属する学生プレイヤーにHTMLを仕込んで仕事を下請けさせるという、今思うとヤバめな兄さんだった
私は特に下請けさせられたわけではないのだが彼とその下請けをしてた小学生プレイヤーに習ってterapadというテキストエディタでHTMLをかきはじめ、当時流行していたウェブスペースでサイトを開いたりしていた
これがわたしのはじめての(作り手としての)ウェブである。 サイトを作りたかったモチベーションはもちろんボンバーマンだ
有名なギルドには大抵ホームページがあって、そこに一行掲示板が埋め込まれ、集会のやりとりなんかに勤しむ文化があった
私も自分のギルドを作って同志達とワイワイしたいという思いがあって志向さんたちからHTMLを学んでいたのだった
そんな感じで色々学んだ後、何度かギルドを作ったり潰したりして、そうこうしてるうちに廃人達が集うギルドが完成して、わたし含めギルドはそこそこ有名になっていった。
そういった勢いのおかげか、大会とかギルド間の対抗戦とかを通して色んな他ギルドの人との交流が生まれるようになった
そこで某有名プレイヤーのSと知り合った
彼は多くのボンバーマンの非公式サイトを作り、大会を開き、運営側でもないのに功労者と呼べるほどボンバーマン界を盛り上げてるプレイヤーだった
ボンバーマンプレイヤーとしてだけでなく、そのサイト運営やサイトセンスに興味があってやりとりするようになって、彼には色んなことを教えてもらった
当時のわたしは、ウェブはコミュニケーションがとれて見た目がイケてることがヨシとしてるところがあった
わたしのマークアップをみたSはHTMLがなぜ尊いのか、マークアップで情報に構造を持たせる意義についてわたしに何度も説いてくれた
彼の言葉は不思議とわたしのこころにスンッと入ってきてその度に深く自省した
これが中高生の頃の話だ
大学に入ってすぐボンバーマンはサ終して我々はやや疎遠になった
ボンバーマンは終わってもウェブに対する情熱は失ってなかった私は情報系の大学に進み、ウェブエンジニアになる進路を描いていた
そして社会人になり晴れてウェブエンジニアとして働き出した
エンジニアとして働くと、技術の先進性であったり、高難度な概念を理解することがカッコいいとされる風潮もあり、例に漏れずにわたしもその波に少しずつのまれていった
そんなある日、何かの縁でまたSと連絡を取ることがあり、会うと転職を考えてるというので、うちに来てくれないかと打診してみた
そうしたところ、色々ありながらも最終的にうちを選んでくれて晴れて同職になった
彼はどんな技術に関心を寄せてるんだろうか
そんな気持ちをもちながら話をした
彼の口からでた1番夢中になってるものは20年前と変わらぬHTMLだった
彼は今でもHTMLの奥深さを追求し、アクセシビリティという観点で研鑽を続けていたのだった
そしてそれはもうスペシャリティと呼べるほどに達していた
彼の基本理念は本当に昔から何も変わらず、いつだって情報を伝えるためにHTMLがあり、その本質を最大化するための周辺技術を学んでいくというものである
わたしは20年前に彼から学び、あれほど大事にしてたはずのものを仕事を始めてからの10年でやや軽視するようになってたのではないかと酷く内省した
彼はうちで同じ想いを持つ人を増やし、会社としてHTMLを大切にしていきたいと活動をはじめた
もうとっくに心を動かされてるわたしはこの波にのって同じく活動することにした
この一年、色々あったが今明らかにその影響が色々なとこで派生しているのを感じている
今は1人でも多く同じ思いを持った仲間が増えればいいなと思っている
そんなわたしとインターネット(ウェブ)の長い付き合いの話でした